望みは、手放すことで叶います。叶わないのは、握りしめてしまって手放せないせいです。
364 :108 ◆90KoxUVipw :2008/05/11(日) 03:40:45 ID:trUn1aOv0
…というわけで、宿題を一個提出しましたw
ご質問があれば、どうぞー。
なければ、私の方からひとつ提案があります。
「神」ということについて、教えてください。
皆さんがこの概念をどのように捉えているのか、知りたいです。
次に書くことの参考と準備に出来ればと思っています。
よろしくお願いします。。。
365 :本当にあった怖い名無し:2008/05/11(日) 03:43:55 ID:MfmyE1L60
>>364
む、わしについて教えてくれだと?
366 :本当にあった怖い名無し:2008/05/11(日) 03:45:19 ID:ut0VrxHT0
幼子の気持ちになるのはできるけど
神を信じ切れていない場合はどうしたらいいですか?
370 :108 ◆90KoxUVipw :2008/05/11(日) 03:56:09 ID:trUn1aOv0
>>365
そうそう、あなたについてですって、オ~イw
でも、ある意味正解を書いちゃいましたね、だぜさん。
>>366
「神を信じ切れていない」ということは、幼子になりきれていないということです。
まだ現在の自分の信念を拠り所にしてしまっています。
つまり、100%馬鹿にはなっていないということです。
一切の思考と観念による条件付けを捨て去ってください。その時だけで良いです。
367 :本当にあった怖い名無し:2008/05/11(日) 03:45:48 ID:AzoqFogB0
108さんに質問です。
私の婚約者がとある職業に就きたいと考えています。
でも婚約者はその職業に就くについての思いこみを持っています。
それで108さんの「なんで~だろう」のメソッドを使ってみたいのですが、
この場合において有効なのでしょうか。他に効果的な方法が有れば教えてください。
370 :108 ◆90KoxUVipw :2008/05/11(日) 03:56:09 ID:trUn1aOv0
>>367
そのメソッドも効果的ですが、もっと根本的な部分に注目することをお勧めします。
なぜあなたが、婚約者にその職業について欲しいのかというと、
それによってその婚約者が幸せを感じるだろうと思っているからです。
実のところ、これも思いこみです。婚約者の幸せが願いなら、それを直接祈ってみればいいのです。
「なぜ彼(彼女)は、これほどまでに幸福感を感じられるのだろう?」
こんな風にです。相手の幸せそうな顔や、一緒に喜んでいるあなたを想像して、
その感情を実感して体験してみてください。
371 :本当にあった怖い名無し:2008/05/11(日) 03:58:18 ID:ut0VrxHT0
その時というのは「神におねがいするとき」ですね?
んじゃやってみます。
374 :108 ◆90KoxUVipw :2008/05/11(日) 04:07:42 ID:trUn1aOv0
>>371
そうです。お願いするときだけで結構です。
ただし、本当に100%馬鹿になりきってくださいよ。それだけが条件です。
375 :367:2008/05/11(日) 04:09:39 ID:AzoqFogB0
お返事ありがとうございます。
最終的に感じたい幸福感を実感するのですね。
「そのうちなれるだろう」とお互い思っているのですが、
目先のハードルに気を取られて過ぎていました。
私は日光に神様を感じます。 何もしてないのにパワーをくれる。
親が某宗教信者だった影響もあるのですがww
それと、子供の頃はなぜか全知全能の神は人間が作ったと思ってました。
379 :108 ◆90KoxUVipw :2008/05/11(日) 04:30:17 ID:trUn1aOv0
>>375
ありがとうございます。
私も、日光に神を感じることは良くありますよ。
人間が神を作ったというのも、興味深いパラダイムシフトですね。
372 :本当にあった怖い名無し:2008/05/11(日) 03:59:51 ID:4I4V/rKFO
俺は無宗教だから神があるとすれば、ありがちだけど森羅万象を造っているとゆーか、
動かしているエネルギー(宇宙の動機?)みたいなたものかなぁ‥なんて漠然と感じるが、
特定の宗教に入って信じている人や、とくに小さい頃に洗礼を受けた人なんかは
固定観念というかその人なりの神の概念が出来上がっちゃてるんじゃないかな?
影響されやすい人なんかもいるでしょ、hide教とかだぜw教とかな・・
374 :108 ◆90KoxUVipw :2008/05/11(日) 04:07:42 ID:trUn1aOv0
>>372
なるほど、ありがとうございます。
その「固定観念」というところは大事だと思います。
神も固定観念化されている事が多いと、私も思います。
私物化するようで申し訳ないですが、神への意見を引き続き募集中です。
レスの合間とかで良いので、思ったことを投稿してみてください。
私はもう寝ちゃうかもですがw、いずれこれに関して書きたいと思います。
それまで皆さん、書かなくても良いから少し考えてみてください。
「神とは自分にとってなんなんだろう?」と。
よろしくです。。。
377 :本当にあった怖い名無し:2008/05/11(日) 04:19:24 ID:MIB/Dbk50
新約聖書に書いてある
「心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう」
っていう言葉そのままだね。
(やはりこれも全然シークレットではなく約2千年前に公開されて文書化されて
世界中に広まっていたのに、聞いても聞かず見ても見ない人ばかりだったという感じかな。
宝があまりにも近い場所に落ちているせいで全く気が付かないというか、メガネメガネと
探している状態というか・・・)。
378 :スレ7の174:2008/05/11(日) 04:27:05 ID:L/hyun/E0
108さんへ
最近、見つけたコラムが面白かったです。
犬飼ターボさんという自己啓発本を書かれている方のコラムの一つなんで
すが、こういった解釈も面白いなとは思いましたね。
ttp://www.inukai.tv/column/column_s.php?data_id=165
個人的な「神とは何か」は、脳が半分以上寝ている状態なので上手く考えがまとまりませんwww。
自分は、またの機会に書かせてもらいますm(_ _)m
すみません、限界が近づいています・・・。今日はここで終わらせていただこうと思います。
おやすみなさい。
384 :108 ◆90KoxUVipw :2008/05/11(日) 04:41:33 ID:trUn1aOv0
>>377
> 宝があまりにも近い場所に落ちているせいで全く気が付かないというか
そうですね。自分自身が宝であったとしても、なかなか気づきませんね。
ありがとうございます。
>>378
面白いページを教えてくれてありがとうございます。参考になりました。
神についてはいつでも結構ですよ。書かなくても、考えていただくだけでも良いです。
オヤスミなさい。
380 :本当にあった怖い名無し:2008/05/11(日) 04:32:00 ID:qDCy0sTa0
108さん
>100%馬鹿になる
「3がつくときだけ馬鹿になる」を思い出さずに居られません
通常エゴを働かせて生活している現代人にとって、たまに馬鹿になって
元の世界に戻ってくるのはエゴにとって安全領域ですね。
「100%馬鹿になる」のはエゴにとってコントロールを失う事になるので
抵抗が出てくるだろうかと思いました。「100%馬鹿になる」状態って想像すると、
何からも自由になった開放感が有ると同時にエゴから来る怖さも有りそうです。
自分にとって「神」とは自分でどのようにとらえているのかは説明出来ないのですが、
自分の中の何処かに居るか、自分と繋がっていると感じてます。
望めばアクセス出来ると。それが「別の領域」という事でしょうか。
「神様にお願いする」と叶うと108さんのレスを読んだ途端、
開放感としずかな喜びを感じました。これが手放すという事なのでしょうか。
望みを「手放す」と叶うと言う事でOKですか?
また、そうだとすると、望まない事を手放す事とどう違うのでしょうか。
384 :108 ◆90KoxUVipw :2008/05/11(日) 04:41:33 ID:trUn1aOv0
>>380
> 開放感としずかな喜びを感じました。
この感覚を大事にしてください。
「なぜ私はあのとき、開放感と喜びを感じたのだろう」と、問いかけるのも良いです。
> 望みを「手放す」と叶うと言う事でOKですか?
> また、そうだとすると、望まない事を手放す事とどう違うのでしょうか。
望みは、手放すことで叶います。
叶わないのは、握りしめてしまって手放せないせいです。
望まないことも、もちろん手放してください。
望んでいないのだから、それが実現するということは
「望んでいないことは起こらない」ということです。
382 :本当にあった怖い名無し:2008/05/11(日) 04:32:53 ID:g1DvOjUg0
人生で神の存在を確信するような経験は何回かしてるけど
ピンチもピンチ大変な状況で「ここに居るからね」と存在のヒントを提示されるような形の体験なんだよね。
いつもは忘れてるけど、タイやインドを旅行すると、現地の人の信仰の深さが羨ましかったりするよ。
今回の108の「引き寄せを加速する秘伝」読むとなぜか聖書の放蕩息子の話を思い出す
383 :本当にあった怖い名無し:2008/05/11(日) 04:40:28 ID:MIB/Dbk50
>>364
どこか別の所に居る、自分とは別の特別な存在とは思ってません(擬人化もしてません)。
全体が神であり、人間はその一部、というか、外の世界に対するインターフェースのようなものです。
イソギンチャクの土台の部分と触手部分、あるいは体の胴体と手や足のようなものです。
大きな木に咲く沢山の花のようなものでもあります。
花の本体は本当は木ですが、錯覚してそれぞれの花が個別に存在していると思い込んでいて、
それが個人の意識の元になります。本当は個別ではなく全体で一つです。
また、花が枯れて落ちてもまたそのうち花は咲きます。
同じ花は二度と咲かないけれど咲かなくても良いんです。
本体は木の方で、そちらが本当の自分だから。
386 :108 ◆90KoxUVipw :2008/05/11(日) 04:52:17 ID:trUn1aOv0
>>382
お~、イイ線行ってる!(何がだw)
なぜ大ピンチに、ウルトラマンみたいな形でしか接点がないのか?
ここを考えてみると、結構面白いかも。
>>383
鋭い!
というか、かなり悟ってますね~。
私が考えていた神の概念と相当近いです。