108さん192/愛犬が来世でも幸せであることを願っていたが、ふとそれが願いではなくなっていることに気がついた

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愛犬が来世でも幸せであることを願っていたが、ふとそれが願いではなくなっていることに気がついた

 

170 :本当にあった怖い名無し:2008/09/25(木) 14:54:45 ID:87g8M+/h0

おぉ、長らく謎であったチケットの最後に言ってることが腑に落ちた気がw
108氏。理論的論争には参加しないということですが、ちょっとお答えいただきたい。
このインスピレーションが降りた時、体感して身震いをしたので、理論を実践中だということにしてw

端的に書くと、
神は、貴方が求める前に全てを与えています。もう、今、眼前に、本当に目の前にあるのです。
貴方は、玩具がいっぱいの部屋にいる赤子とおなじです。
だから貴方が、それを手にすること・受け取ることを許可することという
ほんのちょっとのことをすればそれでいいのです。

で理解はどれほど違ってるでしょうか?

962 :108 ◆90KoxUVipw :2008/10/01(水) 02:55:53 ID:7gA3+Rml0

>>170
別に、私にお伺いを立てる必要はありませんよw
あなたがそのインスピレーションを得て身震いしたということは、
それはあなたにとって、重大な真理を認識したということです。

その真理とは、あなたの書いたとおりです。そのまんまです。
問題は、我々は何故、その「ほんのちょっとしたこと」ができないのか。
すなわち、それを持つことを「許可」出来ないのかということですね。

314 :本当にあった怖い名無し:2008/09/26(金) 15:03:00 ID:fl4AguHR0

108さん、質問させて下さい。
数ヶ月前に愛犬が旅立ったのですが、その後、
「次に生まれてくる時もめいっぱい幸せになってほしい。」と、
いつもそう願いながら写真を見ていました。

最近は、いつもと同じように願っていても、それが願いではなくなったような、
いま彼女が幸せでいることがわかるっていうか、そういう世界が存在しているのがわかるっていうか。

で、思ったんですが、いま目の前の現実にそれはないけれど、それに振り回されず、
内側の認識を変えていく、断定し続けるって、こんな感じのことなんでしょうか?

すみません、亡くなった犬のことが例えなのでわかりにくいと思いますが、よろしくお願いします。

962 :108 ◆90KoxUVipw :2008/10/01(水) 02:55:53 ID:7gA3+Rml0

>>314
あなたは、その世界を知覚した。
目の前になくても、あることを感じたわけです。
時間も空間もない領域に直接触れて、願う状況が、もう既に、
実際にある世界を認識できたわけです。

「願わなくても、もうあるんだよ」
ということを知ったというわけです。

目の前の現実として見えなくても、それが本当のことであると知覚した。
素晴らしいです。認識が変わる瞬間ですね。

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