願望実現のための楽しいプロセスであれば、それは努力ではない
154:本当にあった怖い名無し:2008/01/09(水)00:11:36ID:v4plUkkj0
シークレット購入希望者なんですが、引き寄せの法則というのは、一切努力しないで
願えば現実化するというような内容なんでしょうか?
これに似た本に「宇宙に上手にお願いする法」という本があるのですが、
この本では、努力はしてはいけません、ただ願い信じて待てば何でも手に入る
というような内容でしたので、同じような内容の本なのかなと思って・・
166:108:2008/01/09(水)00:38:31ID:huFesxKL0
>>154
全ての本を読みましたが、原理的には同じことを言っています。
「願い信じて待てば何でも…」という点には同意しかねます。
あくまで「上手く」お願いしなければいけませんからw
「努力しないで」というのはちょっと違うと思うのは、この言葉の裏には
「(他の人が一生懸命頑張っているのに自分は)楽をして」という観念が入り込みやすいからです。
努力しないで、ということは、むしろ
「実現のためには何か大きな障害を乗り越えなければいけない」
という観念をひっくり返すということです。
実際のところ、実現を困難にしているのは、私達自身のこの
思いこみによる部分が大きいからです。
先の本をお読みでしたら、個人的にはシークレットは必要ないと考えます。
エイブラハムの方には、参考になる考え方やメソッドがかなりあって有用かと思います。
お答になったでしょうか?
185:154:2008/01/09(水)02:25:43ID:v4plUkkj0
>>108
レスありがとうございます。
努力という意味が広範なので説明しにくいですが、私が言いたいのは、
精神的な努力ということではなく、行動的な努力のことです。
たとえば、試験に臨む場合、この法則を使用して何も勉強せずに試験に合格できると
お考えでしょうか?「努力はしてはいけない」というのがフランクル氏の弁ですので、
それを前提に考察しています。
187:本当にあった怖い名無し:2008/01/09(水)02:28:44ID:JX4Gzz470
>>185
なんか試験の例は前スレにもあったような気がすると思うんだぜ。
目的が大学に入ることなら勉強以外の手段もいくらでもあるんだぜ。
目的が「知識を蓄えること」なら勉強自体が目的なんだぜwww
188:108:2008/01/09(水)02:45:40ID:NQj+vRW60
>>185
御自分に法則を適用してみて「自分は試験勉強などする必要は全くない」
と感じるのでしたら、そうしてください。でも、恐らくそうはならないと思います。
「努力」というのは、その人の感じ方です。
仮に法則の適用後、試験勉強がやりたいと思ったら、そうすればいいのです。
しかしその前に、その試験に対して自分が何を引き寄せ、実現したいのか知る必要がありますね。
「試験そのものが必要ない」ということなら、勉強などしないし、受験するかどうか考え直すでしょう。
エイブラハム的に言えば、行動はあくまで思考の結果を楽しむ行為です。
試験で良い点を取るということが、あなたの心に照らし合わせて納得いく願望なら、
試験勉強は努力ではなくなると思います。
努力と感じるなら、その試験で良い点を取ることは、あなたにとっての
願望ではないということです。
「努力しない」ということは「何もしない」ということではありません。
それが願望実現のための楽しいプロセスであれば、それは努力ではないということです。
※これは、あなたの個人的問題と考えてお答えしています。
先に述べたように、理論上の論議は今はするつもりはありませんのであしからず…。
回答になったでしょうか?
194:108:2008/01/09(水)03:06:07ID:Wds6X7Ch0
少し捕捉しておきますね。
同じ試験勉強をするのでも、引き寄せとか、宇宙に上手にお願いするのと
ただ勉強するのでは、試験の結果が異なることは大いにあります。
そういったメソッドを使えば、効率よく、楽しく勉強できるでしょう。
努力したと感じるほど勉強しなくても、不思議に受かってしまうことはあります。
以前私も、働きながらある資格を取ったことがあります。
勤めていた会社と無関係の資格だったので、深夜仕事から帰ってきてから
僅かな寝る間を惜しんで、毎日勉強していました。
体的にはしんどかったですが、目標の実現に向かっている実感があって、
とても楽しく充実していましたよ。(この時期はスピリチュアルなメソッドと無縁な時期でしたが)
その資格は取れましたが、今では不必要なものです。
でも、資格が取れたときはそれは嬉しかったです。良い思い出です。
192:本当にあった怖い名無し:2008/01/09(水)03:01:24ID:RLiVTja90
試験でいい点取ることが楽しいからって勉強自体が楽しいとはかぎりませーん。
モチベーションが高まってやる気は起きるかもだけど、扁桃体の不快判定が
快判定になるほどのことじゃござーませーん。
努力という言葉にアレルギー反応引き起こしてる人乙。
199:108:2008/01/09(水)03:25:18ID:Wds6X7Ch0
>>192
>>194で答になっていませんか?
私はそのとき「不快」とは全く感じませんでした。むしろ楽しかった。
205:本当にあった怖い名無し:2008/01/09(水)03:54:06ID:RLiVTja90
>108さんへ
答えになってませーん。
メソッドを使っていない当時の話をされてる時点で気づけませんか?
それに私が言ってるのは、元々勉強嫌い→好き
になれるほどの法則じゃないって言ってんですよ?よ?
あなたがその時楽しかった話をされても困りまーす(笑)
207:本当にあった怖い名無し:2008/01/09(水)03:57:42ID:RLiVTja90
クレンジングについて
クレンジングのように、ネガティブな意識に対峙して、ネガティブ意識を
綺麗にしようという発想は、ネガティブな意識に焦点を当てることになり、
ネガティブな事実をより一層引き寄せることになるかと思われます。
私はネガティブな意識は放っておくほうがいいと思います。
211:108:2008/01/09(水)04:18:42ID:GV0V3FfJ0
>>205、207
誠実にレスしますね。
メソッドを知らない時期でも、今から思い返すと上手く適用できていたんだなと思い返すことは
多々ありますよ。こういう体験が、実は今の自分の方法論確立のベースになりました。
また、別に法則を使って勉強嫌いを勉強好きにする必要はありません。
自分が望む事を実現したいと思えば、それは有効なメソッドになるというだけのことです。
クレンジングが無益だと思うなら、そうしてください。私はそれを強要していません。
個人的見解を聞かれたので述べただけです。
私がどういうレスをしようがしまいが、あなたがあなたの望む方法で人生を生きていけば良いだけです。
あなたが私の方法論を否定しようがしまいが、私には何ら関係がないのと同じです。